先週末、ぽっかり時間が空いた事もあって、約一年振りに下地を塗って止まっていた油の続きを描いた。
ここで何度も書いてきた事だけれども、他の人がどうであるかは別として、少なくとも僕は、デジタルツールを使った絵画よりも絵筆と絵の具とカンバスで描く方がプロセスとして好きみたいだ。
きっと、デジタルツールで作った作品のような表現や結果は、僕のスキルをもってカンバスに表現する事はどう逆立ちしたって無理だとも思うのだけれど。それでも作るという行為そのものが、表現の一つのファクターであるならば、いかに「良いモノをつくる」か、という事と同じ位、いかに「良くつくるか」という事も重要なんだろうと感じる。だって、誰かの為に目的を持ってつくるのでは無いのだから。
縦位置のカンバスに暖色で筆の向くまま塗ったくった地塗りに、寒色をベースにした横ストライプを敢えて手書きで描いて放ってあった。今回は、曲線でシンボリックなデザインを用いた塗り分けで更に白を塗った。何度も塗りを重ねるだけで色んな表情が生まれてくる、ちょっとした筆の流れも、ナイフで塗った端にでるちょっとした掠れも、何だか自分で描いているのに、見ていて純粋にワクワクする。何でもないマチエルに自画自賛してしまう。
僕は速乾性の溶剤を使っていないので、結局また地塗りをしただけで、乾かさなきゃならなくなってしまったんだけど、久々に堪能した。いつか、心ゆくまで絵だけ描いて行きたいなぁ。
ここで何度も書いてきた事だけれども、他の人がどうであるかは別として、少なくとも僕は、デジタルツールを使った絵画よりも絵筆と絵の具とカンバスで描く方がプロセスとして好きみたいだ。
きっと、デジタルツールで作った作品のような表現や結果は、僕のスキルをもってカンバスに表現する事はどう逆立ちしたって無理だとも思うのだけれど。それでも作るという行為そのものが、表現の一つのファクターであるならば、いかに「良いモノをつくる」か、という事と同じ位、いかに「良くつくるか」という事も重要なんだろうと感じる。だって、誰かの為に目的を持ってつくるのでは無いのだから。
縦位置のカンバスに暖色で筆の向くまま塗ったくった地塗りに、寒色をベースにした横ストライプを敢えて手書きで描いて放ってあった。今回は、曲線でシンボリックなデザインを用いた塗り分けで更に白を塗った。何度も塗りを重ねるだけで色んな表情が生まれてくる、ちょっとした筆の流れも、ナイフで塗った端にでるちょっとした掠れも、何だか自分で描いているのに、見ていて純粋にワクワクする。何でもないマチエルに自画自賛してしまう。
僕は速乾性の溶剤を使っていないので、結局また地塗りをしただけで、乾かさなきゃならなくなってしまったんだけど、久々に堪能した。いつか、心ゆくまで絵だけ描いて行きたいなぁ。
なんだか知らないが、いきなりアダルトサイトのトラックバックが連発して付けられてる〓!
すみませんが、削除させて頂いております。ご了承ください。